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人の借金の肩代わりをした最悪な私

彼氏が借金をしていたのです。私は彼氏が大好きだったので、なんとかしてあげたかったのです。そこでなんと、思いついたのが両親にお金を借りる事だったのです。

私が彼氏と付き合っている事は知りません。でも何とかして彼氏を助けてあげたかったのです。だからこれしか方法はないと思いました。

私は両親に嘘をついてお金を借りました。その嘘は、自動車学校へ行くからお金を貸してほしいと言ったのです。もちろん免許は必要ありません。自動車学校へ行く気はなかったのです。

でもそう言ったら、両親は四十万円を出してくれたのです。私は半年後のボーナスで返すと約束もしました。でもその半年後、彼氏はもういません。三か月前に別れて、もういないのです。そしてあの四十万円も貸したままなのです。

私は両親にもそのお金を返せないし、免許はとれたかと言われるしとても困っています。
とにかく両親に四十万円を返さないといけません。そして元彼に、四十万円を返してもらわないといけないのです。とても困っています。

また、ニュージーランドへ1ヶ月程大学の友達と旅行へ行った時、帰りの飛行機代が無くなり、現地でアルバイトをして旅費を稼ぎました。20年程前の話ですので、当時はまだクレジットカードを持っていなかったのです。

他にはまた大学時代の話ですが、一人暮らしをしており、あと1週間もアルバイトのお給料日まてまあるのに残高100円ほどになってしまった時、ファッションホテルのベットメイキングなど日雇いの仕事をいくつかしました。交通費もなかったので、電車に乗らず歩いて行きました。

顔のほくろが嫌で、でもお金もなかったので自分でとって少しえらいことになってしまった事や、自転車で転んで、顔面をうちましたが、病院にもいかず自然治癒に任せた結果、現在も少し鼻が曲がっているような気がします。

結婚をしてからは、子供の歯の矯正費用を稼ぐ為に深夜の工場の仕分けのアルバイトに行っています。深夜でしたら、子供達が寝ているのでその間に働けますし。

才能ないのにパチスロは辞めるべきだった

パチスロのメダルスロットが好きでお給料のかなりの部分を使って遊んでいました。それほど成績も悪く無く、借金するような感じでは無かったのですが、調子に乗って掛け金を上げてしまうと困った事になりました。

ギャンブルはなんでもそうですが、調子のいい時と悪い時で差があります。乗り切れない時は止めていたのですが、ちょっと天狗になっている所もあって、イケイケな感じになってしまいました。

5万円程度でやっていたのが10万円になり、勝ちで作っていたスロット貯金を使い始め、それでもダメであまり金を使うようになった辺りで残りの残高に気づき、しまったやってしまったと思いました。

返してなんて出来るはずもなく、次の給料までかなり侘しい思いでしたね。定期的にスロットでも勝っていたので、種賎に困る事はなかったのですが、そこまで連敗してしまえば無くなって行きます。

勝つとお金は増える物ですが、それを引きずってしまったので、結局勝ちがお金をもって行ってしまいましたね。それからはもっと使う量を減らして、お小遣い程度でやっています。

リボの恐怖・・・結婚後もお金には困窮

ショッピングが大好きで買い物のほとんどはカードで支払いをしていました。

実家暮らしだったので高給とりではありませんでしたが収入の半分以上は自分の買い物に当てて貯金もほとんどしていない状況でした。最初はカードで支払い回数を一括やボーナスで払っていたのですがかなり支払金額が大きくなってしまった時がありリボ払いにしたことがあります。

リボ払いはその場は支払が楽になるのですが支払を先延ばしにして翌月以降の買い物金額を押さえないと支払が苦しくなります。リボ払いにした後も同じペースで買い物をし続けてしまったのがいけなかったのですがそんな時、転職をしてしまいました。

次の会社の給料日が遅く、収入が無い状態が数か月続くことになりました。カード会社への支払が遅れてしまい催促の電話が数回かかってきて後にカードを止められてしまい、利用した金額を一括で返すように言われました。

毎月の返済も出来ないのに全てを一括で返済ってかなり無理な要求ですよね。困って散々悩んだあげく親に泣きついて返済しました。すごく怒られてしまい反省してその後はカードを使っても自分の限度額を決めています。

そのころ、結婚の話しは出ていたものの、出来ちゃった結婚という形になってしまい、給料が少ない事は知っていましたが、聞いていた額よりも少ない収入の時もあり、妊娠中は私も稼ぐことが出来なく、独身時代に私が貯めていたお金を家計に入れていました。

旦那が、真面目にお仕事に行っていれば、何も文句は言いません。ですが、毎月1度はズル休みをしていて、それが出産してからも続きました。子供が生まれ、紙オムツやミルク代、ベビー服もあっという間に着れなくなったりして買いなおさないといけません。

子供が生まれると、毎月の生活費がとてもかかるようになりました。

そこで旦那に、お小遣いを給料の1割にしたいとお願いしたところ、凄く不機嫌になってしまった旦那…。もう、そこで大喧嘩が始まりました。

会社はサボる癖に、お小遣いは2万円は欲しい、と。私は妊娠、出産で稼ぎに外に出る事は出来ません。結局、独身時代の私のお金がたくさんあった為に、それをあてにしていたのでしょう。

だけど、婚前のお金は自分だけの財産ですので、出さないようにしました。もう家計がマイナスにならないと、焦ってくれないんだと思い、「家計の管理は任せます、どうぞ好きに使って下さい」と給料を全額おろして、品数の無い食卓にして、家計簿を見せて、「お金が無い」と言い張り、こちらも開き直りました。

そこで、やっと家計での金銭面の事を考えてくれるようにはなりました。これがお金に困ったエピソードです。今は毎月さぼらず、仕事に行ってくれるようになり、それだけでも進歩してくれたと思っています。

まるで忍者のような暮らしを・・・

悩む人

お金のない苦しみというのも一度や二度なら笑い話かもしれませんが、慢性的になると下手な病気以上の苦しみが続くことになります。とにかくお金がないと何も出来ないばかりか、端的に飯も食えないことがあります。

とはいえ餓死したことはありませんから、その直前でいつもなんとかなっています。それはもう神がかり的な助かり方なのですが、何で助かってきたのか不思議でならないことも多くありました。

ただ、簡単に助かったわけではなく、助かるまでの期間が長ければ長いほどその苦痛も大きくなるのは当然です。私が今までで一番苦しかったのは、35日間無収入で、その間財布の中は空、一人暮らしですからさしあたり助けてくれる人もいない状況でした。

ちなみに私は農家でもなければ漁師でもありません。街の中に住んでいますから食糧は買いに行く以外方法はなく、お金がないということはつまり食糧調達は全く出来ないということです。

それで35日間生きることはどう考えても出来ません。これはお腹が空くと頭がクリアになりますが、クリアでなくてもよほどのバカでない限り容易に想像が付くことです。

それでどうしたかといいますと、本来支払わなくてはならないお金を払わず、そのお金で食糧を買いました。具体的には家賃です。すると、そのお金を取りに来る人がでます。しかしもはや払うお金はありませんから居留守を使うことになります。

35日間の居留守生活は想像を超えた大変さでした。何しろいつ取りに来るかは分かりませんから、常に警戒が必要です。物音も立てず電気もつけない生活はまるで忍者のようでした。おかげで忍者にならいつでもなれると思います。